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連載小説『漂うわたし』第62回 佐藤千佳子(22)「男女っていつから逆転するの?」

カルチャー

 連載小説『漂うわたし』 第62回「男女っていつから逆転するの?」

2022.03.12

【前回までのあらすじ】情報通のモモちゃんからもたらされる3年生の受験結果を娘の文香(ふみか)から聞きながら、情報というのは集まるところに集まるのだと思う千佳子。遠心力の実験でこぼれた大豆に自分を重ねた小学校時代を思い出す。行きたい高校はあるのと文香に聞くと、「高校って行く意味あるの?」と意外な答えが返ってきた。

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漂うわたし

第62回 佐藤千佳子(22) 男女っていつから逆転するの?

「ふーちゃん。高校って行く意味あるのって、どういうこと?」
「ママ。男女って、いつから逆転するの?」

文香の質問に千佳子が質問で返すと、文香がまた質問で返してきた。

「いつから逆転って、どういうこと?」

またしても千佳子は質問になってしまう。

「うちの学年、上位3人が女子なんだよね」

ようやく文香が肯定文で返し、成績の上位を女子が占めているのだと話した。1位から3位までが女子で、4位に男子が入り、5位がまた女子。上位5位までのうち4人が女子だという。

女子のほうが人数が多いのかというと、それほどの差はない。3クラス100人弱の学年で、女子は男子より4人多い。人数の差というより実力の差が数字に出ているようだ。

学年のトップ3が女の子なんて、千佳子が中学生だった頃には考えられなかった。時代が変わったのか、都会だからなのか。

「女の子が優秀な学年なんだね」と千佳子が感心すると、
「女の子はどこでも優秀だよ」と文香は言った。

当たり前でしょというような口調で。

千佳子の中学校にも優秀な女の子はいた。飛び抜けて優秀な子だった。

知奈美ちゃん。

名前に「知」と「美」が入っていたが、美よりも知がまさっている子だった。不細工と言うのははばかられるが、パーツが低いほうへ流れたような、平たい顔をしていた。鼻も左右に広がり、鼻の穴が大きかった。「あの子よりは可愛い」と優越感を感じさせるくらいには、まとまりがなかった。見ようによっては愛嬌があって、警戒心を抱かせない顔とも言えた。

お多福

「知奈美ちゃんって、お多福に似てるね」

千佳子がそう言ったのは、ほめ言葉のつもりだった。家の和室に飾っているお多福のお面が知奈美ちゃんに似ていると気づいて、幸せそうな顔だねと伝えたつもりだった。なのに、「千佳子ちゃんイジワルぅ」と名前と見た目が一致した麗子ちゃんが笑いながら言い、まわりの子たちも一緒に笑ったので、悪口になってしまった。知奈美ちゃんは真っ赤になってうつむいてしまい、それ以来、千佳子を避けるようになった。

千佳子の伝え方がまずかったのかもしれない。気のきいたことを言おうとすると、言葉が足りなかったり、余計だったり、上滑りしてしまうのだ。お多福に似ていると言えば、知奈美ちゃんが喜んでくれると思い、いいことを言ったつもりでいたのが、かえって恩着せがましくなってしまった。

避けるべきは千佳子ではなく麗子ちゃんではないかと千佳子は傷つき、知奈美ちゃんが嫌いになった。負け惜しみのように、あの子は結婚できないから勉強するんだとずいぶん失礼なことを思っていた。千佳子だって恨むべきは知奈美ちゃんではなく麗子ちゃんだったのではないかと時が経った今では思う。ど真ん中の住人に気後れしていたのだ。

知奈美ちゃんの成績は、ずっと一番だった。

勉強ができる子は圧倒的に男子で、上位争いに食い込む女子は、女の子なのにと注目された。その視線は冷ややかだった。頑張らなくてもいいのにと咎める目だ。

千佳子の成績は目立つほど良くも悪くもなく、定期テストの点数は平均点近くをうろうろしていたが、勉強を頑張って良い学校へ進むことを期待されていなかった。地元で結婚して子どもを産むのに教養は必要ない、むしろ邪魔になるという考えが通っていた。下手に勉強ができたら嫁のもらい手がなくなると母親に言われたこともある。

ほんの30年ほど前。

千佳子の家が極端だったわけではなく、同級生の女の子たちを見ていても、勉強と未来の結びつきは弱かった。こういう職業につきたいから勉強する、あるいは、勉強したら職業の選択肢が増えるという考え方をする女の子は少数派だった。

知奈美ちゃんは東北大学に進んだ。千佳子の小中学校の同級生で東北大学に現役合格したのは知奈美ちゃん一人だった。知奈美ちゃんがその後どうなったのかは知らない。将来は学者か医者になるのだろうと勝手な想像をしていた。頭のいい人がどんな職業に就くのか、その二択しか思いつかないほど千佳子は世の中を知らなかった。

赤い1つのバラ

「どこかで逆転してるんだよね」

文香の言葉で我に返る。

「頑張っていい高校に入って、いい大学に入って、いい会社に入って。そこまでは男女で競い合ってて、女子のほうが勝ってたりするのに、内閣とか学会とか企業の役員とか、男だらけじゃん? うちの中学校の割合で行くと、女子のほうが多くてもいいくらいなのに」

確かにと千佳子はうなずく。かしこまったスーツ男性が居並ぶ集合写真の中に、ぽつりぽつりと彩りのように混じっている女性を見ると、この人たちはものすごく頑張ったんだろなという感想を持つ。同じだけ努力していても男の人と肩を並べられないだろうから。昔に比べれば、これでも女性は増えたのだ。進出したのだ。千佳子が子どもの頃は、内閣というものに女は入れないのだと思っていた。

「優秀な女子は、どこに行っちゃうんだろ」

女子はどこでも優秀だよとさっき文香は言った。その優秀な女子が、あるところから姿を消してしまうことに疑問を抱いている。

結婚。妊娠。出産。育児。女性が仕事を続けられなくなったり、できる仕事の範囲が狭まったりする関門はいくつもある。そのことを文香に言うと、

「でも、結婚したり親になったりするのは男の人も同じだよね。なんで女子だけが脱落するの?」

「脱落」と文香は言った。

転がる大豆

千佳子の頭の中でまた大豆が転がり、乾いた音を立てる。遠心力が緩んでバケツの中の大豆集団から振り落とされる大豆のように、結婚や妊娠をきっかけに回り続けられなくなる女性が少なからずいる。

パートの先輩の野間さんの顔が思い浮かぶ。外資系広告代理店の営業だった野間さんは、ダンナさんの海外転勤について行くために仕事を辞めた。数年後に帰国したら復職するつもりでいたが、野間さんが戻れる場所はなかった。外資系企業であっても一度降りたキャリアのレールに戻るのは厳しいことを野間さんは突きつけられた。

夫の人生に合わせて、キャリアを捨てる。野間さんのような女性はまだまだいるのだろう。

せっかく勉強しても逆転されてしまうと考えると、空しくなる。勉強する気になれない。文香の「高校って行く意味あるの?」には、そんなモヤモヤが込められているのだろう。

「少しずつ変わってると思うよ。ふーちゃんが大人になる頃には、女の人がもっと働きやすくなってるはず。そんな世の中を作るためにも勉強するのがいいんじゃないかな」

もっと気のきいた励まし方があるのだろうけれど、これくらいのことしか言えない。

文香に投げかけられた「男女って、いつから逆転するの?」の問いが、後に野間さんと自分の身に降りかかる事件とつながるとは、このときは思ってもいなかった。

 

次の物語、連載小説『漂うわたし』第63回 伊澤直美(21)「消えた赤ちゃんと現れた母」へ。

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著者

今井 雅子プロフィール

今井 雅子

脚本家。 テレビ作品に連続テレビ小説「てっぱん」、「昔話法廷」、「おじゃる丸」(以上NHK)。2021年「ミヤコが京都にやって来た!」(ABCテレビ)と「アイカツプラネット!」(テレビ東京)に参加。映画作品に「パコダテ人」、「子ぎつねヘレン」、「嘘八百」シリーズ。出版作品に「わにのだんす」、「ブレストガール!〜女子高生の戦略会議」、「産婆フジヤン〜明日を生きる力をくれる、93歳助産師一代記」、「来れば? ねこ占い屋」、「嘘八百」シリーズ。短編小説「膝枕」が音声SNSのClubhouseで朗読リレーと二次創作リレー中。故郷大阪府堺市の親善大使も務めている。

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