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連載小説『漂うわたし』 第183回 伊澤直美(61)「下心がなかったわけじゃない」

カルチャー

2025.03.15

【前回までのあらすじ】食品会社の商品開発部で仕事を続けながら同期入社のイザオと共稼ぎで一人娘の優亜を育てている直美。3歳の誕生日プレゼントに初めての雪を見せようと、家族旅行へ。雪遊びをしたあくる朝、宿泊先の部屋に持ち帰った雪ネズミが溶けていて慌てるが、「ねずみさん、おめめわすれてる!」と言う優亜の無邪気な発想に驚く。

連載:saita オリジナル連載小説『漂うわたし』

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漂うわたし

第183回 伊澤直美(61)下心がなかったわけじゃない

「ごめんね」

タヌキがそう言うのは何度目だろうと直美は思う。いつもの洋食屋でランチのミラノ風カツレツを待つ間、タヌキは謝り続けている。

「タヌキは悪くないよ」

わたしがこれを言うのも何度目だろうと思いながら直美は言う。

タヌキが招待された結婚披露宴のドレスコードが「太陽の色」だった。新郎新婦の出会いだったかプロポーズだったかの思い出の場所が海外のどこかのビーチで、そこの朝日だったか夕日だったかが忘れられないという披露宴の主役でなければ許されないような理由で、「太陽を思わせる色のものを何か着けて来て欲しい」と招待客にリクエストがあった。

黄色やオレンジのドレスを持っていないタヌキは、オレンジのピアスとペンダントを着けて行くことにしたのだが、太陽の存在感が薄かった。そこで思い出したのが、makimakimorizoのひまわりバッグだった。

直美の手元にあるひまわりバッグは、夫イザオの姉の亜子姉さんの代わりに購入し、預かっているものだ。6万円もするバッグを亜子姉さんが買おうと決めたのは、ひまわりを描いたイラストが6万円で買い上げられたからだった。ひまわりを売ったお金でひまわりを手に入れたことで亜子姉さんは満足していて、「直美ちゃんの好きに使ってくれていいよ」と言われているが、合わせる服やシュチュエーションが難しく、クローゼットで出番を待たせてしまっている。

披露宴に出席するタヌキに貸してもいいかと相談すると、

「クローバーのドレスの子?」

亜子姉さんは以前直美から聞いたタヌキのウェディングドレスの話を覚えていた。ひまわりバッグを知ったタヌキがこの作家さんにウエディングドレスの直しをお願いしたいと思ったという話に、縁のようなものを感じているらしい。

「ひまわりバッグもきっと似合うし、そんな人に連れ出してもらえて、バッグも喜ぶよ!」

と大歓迎してくれた。

ひまわりバッグ

披露宴でタヌキは何人もの列席者にひまわりバッグをほめられ、「それ、どこの?」と聞かれたらしい。

タヌキは自分では言わないし、自覚もしていないかもしれないが、バッグが目を引いたのは、タヌキが目を引いたからだ。直美がひまわりバッグを提げて出かけても、そこまでバッグが注目を集めることはない。モデルが着こなす服が高見えするように、華のあるタヌキが持つと、ひまわりバッグも引力を増すのだ。

反響は披露宴当日で終わらなかった。ひまわりバッグを手にしたタヌキとの写真を新婦がインスタに載せ、《いろんな太陽色が集合。SUNFLOWERのバッグも》とコメントをつけて紹介した。新婦はタヌキのミスキャンパス時代の同期で、当時の活動の延長でタレント活動をしている。名前は知らないけどテレビで見たことあるかも、くらいの売れ具合だ。

ミスキャン同期で新婦を囲んだ写真だった。活動時から15年余りを経て、現役時代の美貌と体型をキープしている人もそうでない人もいるが、直美には出せないというか出したことのない華やぎとオーラをそれぞれが放っていて、さすが、なるほど、いかにもな集合写真だ。

《花嫁もご友人も美女揃い 見とれちゃいます》
《ミスコンのファイナリスト集合みたいですね》
《皆さんが太陽そのもの。眩しすぎます》

スクロールしてもしても延々と続く賞賛コメントが落ち着くと、ひまわりバッグについてのコメントが入るようになった。

《太陽が咲いたみたいなバッグ、素敵ですね》
《お美しい上にセンスの良いご友人、完璧すぎます》

主役の新婦はドレスもメイクもいちばん気合いが入っていて、もちろん目を引くのだが、新婦を囲むミスキャン同期の中では、友人の贔屓目を抜きにしてもタヌキに目が行く。

新婦を囲む友人たち。左端にタヌキ。濃紺のドレス、オレンジのピアスとペンダント、ひまわりバッグの茎の持ち手を両手でつかんでいる。

どちらのバッグですか、どこで買えるんですかといったコメントも舞い込むようになった。だが、makimakimorizoのオンラインショップは現在休止している。披露宴で質問されたタヌキは、「作家さんの一点ものなんですが、今は作ってらっしゃらないようで」と答えたという。それでも思い入れのあるブランドの製品をいいねと言ってくれる人がいるのはうれしいし、自分もほめられたような気持ちになる。

作り手のマキマキさんもきっと、いや、もっと、喜んでくれるのではないか。

そう思っていたのだが、風向きが変わった。

《こちらケイティがプロデュースしたバッグです》

と断言するコメントがついた。

《見たことあると思ったら、それでしたか!》
《教えていただいてありがとうございます。ケイティさんのショップ見てみます》

タヌキの持っていたひまわりバッグがケイティのブランドのものという説が一人歩きを始めてしまった。訂正すべきだろうかと見守っていると、戸惑いのコメントが書き込まれるようになった。

《ケイティさんが手がけられたバッグとは違うように見えるのですが》
《ケイティさんのバッグのプレミアム仕様だったりしますか?》

それに対して、

《ケイティさんが手がけられたバッグが盗作されたってニュースになってましたね》

と事実とは異なる書き込みがあり、それに対する反論や憶測が話をどんどん複雑にしていった。あることないことが書き込まれ、いつしかケイティ信者とアンチケイティ派が互いを罵り合う展開になってしまった。結婚のお祝いコメントを書き込むべき場所で。

ひまわりバッグいっぱい

「ごめんね」

タヌキがまた言っている。まだ言っている。

「タヌキは悪くないよ」

もはやコントみたいな繰り返しだ。タヌキが他のことを言わないから、直美も他のことを言えない。

今日に限って、ミラノ風カツレツがなかなか来ない。いつもより時間がかかっている。

謝られるべきはわたしではないし、バッグを貸した亜子姉さんもタヌキを責めないだろう。インスタに投稿した新婦は困惑しているかもしれない。もちろんタヌキは彼女にも謝っているのだろう。

タヌキは悪くない。よりによって拡散力のある新婦の披露宴に、よりによってひまわりバッグを持って出席してしまっただけだ。タヌキが目を引いてしまい、ひまわりバッグにも注目が集まってしまい、インスタでも話題になってしまった。

しまった。しまった。しまった。

スロットマシーンの目が揃って、フィーバーを招いてしまった。インスタの投稿なんて流れて埋もれていくものなのに。

だけど、と直美は想像する。

もし、タヌキがひまわりバッグを借りなかったら? 
タヌキに相談されたときに、わたしが断っていたら?

タヌキが招待された披露宴の新婦がミスキャンパス時代の同期で、タレント活動をしていることは事前に聞いていた。タヌキとひまわりバッグが目を引き、話題になることは予想できた。数年前ほどの勢いはないとはいえ、今もケイティに心酔している人たちを刺激してしまうことも。

こうなることをどこかで期待していた。うやむやになったままの「ひまわりバッグ、どっちが先?」に決着をつけるチャンスだと。

謝るのは、わたしのほうかもしれない。

罫線

次回3月22日に伊澤直美(62)を公開予定です。

編集部note:https://note.com/saita_media
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著者

今井 雅子プロフィール

今井 雅子

脚本家。 テレビ作品に連続テレビ小説「てっぱん」、「昔話法廷」、「おじゃる丸」(以上NHK)。2022年「失恋めし」をamazon primeにて配信。「ミヤコが京都にやって来た!〜ふたりの夏〜」(ABCテレビ)を9月30日より3夜連続で、「束の間の一花」(日本テレビ)を10月期に放送。映画作品に「パコダテ人」、「子ぎつねヘレン」、「嘘八百」シリーズ(第3弾「嘘八百 なにわ夢の陣」2023年1月公開)。出版作品に「わにのだんす」、「ブレストガール!〜女子高生の戦略会議」、「産婆フジヤン〜明日を生きる力をくれる、93歳助産師一代記」、「来れば? ねこ占い屋」、「嘘八百」シリーズ。音声SNSのClubhouseで短編小説「膝枕」の朗読と二次創作をリレー中。故郷大阪府堺市の親善大使も務めている。

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