
第220回 伊澤直美(74) 小さな魔法
「ゆあちゃん、ことりさんはみえてるんだけど、マダムさんはみえてないんだよね」
優亜はショーウィンドウの中の小鳥を見ている。赤地に白の水玉模様の小鳥が連なったオーナメントが吊るされている。初めて見るアイテムだ。
「あの小鳥さん、前はいなかったよね?」と直美が言うと、優亜はそれには答えず、
「ゆあちゃんちとおんなじたまご、あったよね?」
そう言って、あの辺と言うように小鳥のオーナメントの奥にある棚を指差した。
その場所と「おんなじ」がヒントになり、イースターエッグのことだと直美は思い当たる。
去年の春、桜が咲いていたから今頃だ。色とりどりにペイントされたイースターエッグが飾られていた。その一つを指差し、優亜が声を弾ませた。
「ゆあちゃんちのクリスマスとおんなじ!」
優亜が「おんなじ」と言ったのは、コロナ禍に会社の同僚が手作りしたアマビエのオーナメントのことだった。つるんと丸い形も、似ていると言えば、似ていた。
2年前の春、初めてマダムさんの店の前を通りかかったとき、ショーウィンドウに貼りついた優亜が「あった」と指差したのも、アマビエに似た色合いのイースターエッグではなかったか。
「おんなじ」という言葉を覚える前だったが、うちのクリスマスツリーに飾っているのと同じと言いたかったのかもしれない。
あのイースターエッグはお店の商品ではなく、雛人形のように毎年、季節に合わせて飾られているのだろうか。
イースターは年によって日が変わるが、確か去年は3月の終わりで、今年は4月の頭だった。だとしたら、ちょうど今頃、イースターエッグが飾られているはずではないのか。
やはりマダムさんの店の時間が止まっているように思える。

「ママ、どうしたの?」
優亜の声で直美は我に返った。
「マダムさんのお店、魔法にかかったみたいだね」
マダムさんの不在に胸騒ぎを覚えていることを悟られないよう、違和感を「魔法」と表現してみた。母親になるまでは日常会話で使うことのなかった言葉だ。
「マダムさん、まほうでかくれんぼしてるの? そしたら、みつからないんじゃない?」
絵本やアニメで魔法に親しんでいる優亜は、直美が口にした「魔法」をすんなり受け入れ、無邪気に想像を広げる。
「見つからないんじゃない?」にドキッとする。マダムさんともう会えないのではないか。いつも中から開けてくれていたドアが開くことは、もうないのではないか。
コロナ禍で足が遠のいた間に閉じてしまった店がいくつもあった。自分が行かない間も店は続いていて、次に行くときまで待っていてくれるというのは、当たり前のことではなくて、自分の代わりに支えてくれている誰かのおかげだったと思い知った。
そう言えば、マダムさんの店で買い物したことはない。
輸入品らしき品々は、どれも一点ものだと思われ、優亜が触って落としてしまったらと遠慮して、店に足を踏み入れたことさえなかった。
だが、直美が一人で買いに来ることだって、できたのだ。
優亜が手を出すかもという心配を言い訳にしていたが、値段的に手を出せないという事情のほうが大きかった。
マダムさんが気にしている様子はなかったし、お客さんが購入しているところを見たこともなかった。
マダムさんからは好きなものに囲まれている人のゆとりを感じていた。採算は度外視、趣味でやっているお店なのだろうと都合のいいことを思っていた。

「たまごもマダムさんが魔法で隠しちゃったのかな」
直美がそう言うと、
「だからね、たまごがことりさんになったんだってば」
わかってないねという口調で優亜が言う。
色とりどりのイースターエッグから水玉模様の小鳥たちが生まれたらしい。優亜の中では記憶の卵と目の前の小鳥がつながっている。
「いろんな色の卵があったけど、生まれてきたのは、みんなおんなじ水玉模様なんだね」
「きょうは、ことりほいくえんのおたのしみかいのひなの」
小鳥たちは保育園に通っていて、今日はお楽しみ会の日で、お揃いの水玉の衣装に身を包んでいるらしい。
優亜が通っている保育園では年に一度、お楽しみ会が開かれ、園児が歌やダンスや劇を披露する。ちょうど3月に終わったばかりなので、記憶に新しい。
「まちにまったおたのしみかいがはじまります。みずたまのいしょう、とってもかわいいですね。かわいくて、かわいくて、ほっとかないですね」
優亜は、ことり保育園の先生になりきって、小鳥たちに語りかける。自分がお楽しみ会の日に言われたことを再現しているのだろうか。やさしい言葉をかけられているのだなと思う。
直美はあらためて小鳥のオーナメントに目をやる。どの小鳥も同じ大きさで、同じように水玉がついているが、優亜の目には、先生と一人一人の園児が見えているのだろう。お揃いの水玉の衣装も、少しずつ違うのかもしれない。
オーナメントの小鳥の材質は木だろうか。あれなら食器と違って割れないし、びっくりするような値段ではなさそうだ。北欧っぽいシンプルなデザインだし、リビングの窓辺に飾ったらどうだろう。

「ダンスをまちがえてもだいじょうぶですよ。ダンスをわすれたら、すきなようにからだをうごかして、いいなあ、たのしいなあって、にこにこしていましょう。にこにこするのもダンスですよ」
ことり保育園の先生の朗らかな話し方は、マダムさんを思い起こさせる。優亜はマダムさんを思い浮かべて演じているのかもしれない。
直美はお楽しみ会当日のことり保育園に想いを馳せる。
先生も赤地に白の水玉模様の衣装を着ている。ゆったりしたシルエットで、先生が動くとドレープが揺れる。ラベンダー色のフレームの眼鏡をかけている。マダムさんが先生になっている。
さっきまでは悪い予感が募っていたが、マダムさんはここにいないだけで、心配することは何もないのかもしれないと思えてきた。
ちょっとしたことで、絶望と希望は逆転する。
買ってきた卵をパックごと落としてしまい、泣きたくなったときも、そうだった。
「かいじゅうさんがうまれるんじゃない?」
優亜のその一言で、ひびの入った卵の見え方が変わった。

「みにきてくれたみなさんに、まほうをかけましょうね」
これから小鳥たちはダンスでお客さんに魔法をかけるらしい。直美は優亜の言葉に魔法をかけられたような気がする。
拍手が聞こえて振り返ると、マダムさんが立っていた。
「マダムさん!」
直美と優亜の声が重なった。
だが、次の瞬間、「じゃない」となった。
間違い探しみたいに少しずつ違う。眼鏡をかけているけれどフレームは緑色で、ゆったりしたワンピースを着ているけれどドレープはなくて、髪は栗色だけど後ろで縛っていた。
「マダムの妹です」と女性は名乗った。やわらかな微笑み方と眼鏡の奥の目が細くなるところはよく似ている。
「姉から聞いてます。マダムさんって呼んでくれるかわいい女の子とママさんがいるって」
「今日はマダムさんいないねって話していたんです」
「実は今、病院にいるんです」
病院と聞いてドキッとした。
やはり、何かあったのだ。それは急なことで、慌ててお店を閉めて、そのままになっているのだ。
でも、何があったんですかとは聞けない。
「入院されているということですか」と恐る恐る尋ねると、
「良かったら、会いに行ってもらえますか?」と言われた。
「会えるんですか?」
「話し相手になってあげてください。さっきの小鳥の話、きっと喜びます」

次回4月25日に多賀麻希(73)を公開予定です。
編集部note:https://note.com/saita_media
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