
第233回 多賀麻希(77)人生は伏線回収
「マイさんって、いつも突然だよね」と麻希が言うと、
「マイさんって、常に緑だな」と向かい合った定位置で豆ご飯を口に運びながらモリゾウが言う。
スーパーマルフルの佐藤千佳子に仕事の相談をしようとした席に突然現れ、突然ドレスの注文をしたマイさんは、今朝も突然現れた。
「うちの農園で採れた枝豆、食べませんか?」
麻希が庭の水やりをしていると、生垣の向こうから声がして、緑のエプロンが見えた。
ママチャリに乗ったままのマイさんが垣根越しに差し出したビニール袋には、さや入りの枝豆が詰まっていた。バラの棘に刺されないよう気をつけて受け取った。
その枝豆でご飯を炊き、昼に食べている。
「マイさんが常に緑って?」と麻希。
「パセリ、エプロン、バジル、枝豆」とモリゾウ。
「でも、バジルの種は緑じゃなくて黒だよ」
知り合って間もないある日の夕方、生垣の向こうに緑のエプロンが現れた。
「野間さんの家に住んでらっしゃるとうかがったので。バジル、種から育ててみます?」
色々早いなと驚いた。距離を詰めるまでのためらいや遠慮といった一時停止をすっ飛ばしている。
マイさんは垣根の隙間から封筒を差し込むと、「うちのハーブ、モリモリ育ちます」と言い残し、颯爽とママチャリで走り去った。
バラの木の根元に適当に蒔いたバジルの種は、どんどん芽を出し、葉を広げ、マイさんの言葉通りモリモリ育った。落とした種がまた芽吹き、同じ場所に育ち続けている。
水挿しすると、すぐに根を伸ばす。マイさんを見ているようだ。

「不自由とダンスの話、したよね?」と麻希が言うと、
「したね」とモリゾウも思い出す。
「なんの縛りもなくて好き勝手やっていいって言われるより、縛りがあったほうが暴れられるんだよね。制約の中で好きなことやれるほうが、かえって自由になれるのかも。だから、マルシェっていう青空アトリエでマキマキの作品がどんな風に暴れるのか、俺は楽しみにしてる。制約のある舞台で、不自由とどうダンスするかってことかな」
伸び伸びと葉を広げるバジルを見ながらモリゾウが語った。あれは去年の夏のことだったっけと思い返すと、2年前だった。
マイさんと出会って、それだけの時が経っている。同じだけの時間、佐藤千佳子のハーブマルシェ企画を寝かせていることになる。
あのとき思い浮かんだドレスも。
ダンスするようなバジルの動きをドレスに取り入れてみたらと頭の中でデザイン画を描きかけたが、そのまま寝かせていた。
形は違うけれど、今、マイさんに着てもらうために取りかかっている「生ハーブブーケドレス」は、ハーブの生命力と躍動感がデザインの肝になっている。
イベントの参加者が持ち寄った生ハーブを半透明のポケットに挿し、その場でドレスを完成させる。
そのアイデアは、モリゾウとの会話から生まれた。
胆のう摘出手術を終えた麻希は、次に作るドレスのタイトルを「棺に入る分だけ残しなさい」にしようと思っていた。かつて占い師に言われた言葉だ。だが、そこにマイさんからハーブイベントで着るドレスのデザインを頼まれた。
生命力の象徴のようなハーブと棺。
「対極にあるよね? 生と死、始まりと終わり、みたいな」
と麻希が言うと、
「棺が終わりじゃなくて、始まりの話にすればいいのか」
新作の戯曲を考えていたモリゾウはそう言って、
「棺と言えばさ、クリーム待ちのシューを思い出す」と続けた。
クリーム待ちのシューとは、シュー皮のことだ。
麻希がモリゾウを紹介され、バイトを引き継いだ新宿三丁目のカフェを久しぶりにふたりで訪ねたとき、マスターがシュー皮を焼き上げたところだった。そこにスーパーマルフルの佐藤千佳子が同年代の友人とやって来た。
マスターが「クリーム待ちのシュー」とおどけて言ったシュー皮に、皆で好き好きに中身を詰めた。
そのときの会話の中で「エクレアが棺に似ている」とモリゾウは言っていた。
モリゾウの頭の中には、常に棺のことがあるのかもしれない。麻希以上に。

「そう言えば、枝豆って、棺に似てるよな」
モリゾウは今、棺が終わりではなく始まりになる戯曲を書いている。モリゾウにとって、戯曲を残すことは、遺伝子を残すことなのだ。劇作家協会の戯曲デジタルアーカイブに登録申請しようとしていて、8月末の締め切りぎりぎりまで推敲を重ねるらしい。
タイトルは「納期」。
舞台は棺を作る工房。
納期とは、棺を納品する期日であり、自らが棺に納まる期日でもあるらしい。
登場人物は、棺を注文した客と、棺を作る職人の二人。
頑固で友人のいない二人は似た者同士で、対立から友情が芽生え、最後は二人で工房を出る。人生というのは、どこまで行っても棺の連続だが、小さな棺に納まるまでは、少しでも広い棺で暴れたほうが楽しい。そんな話らしい。
棺の話だけど、ジメジメしていなくて、笑える話になる予定だという。
演劇っぽいし、モリゾウが書きそうな話だと麻希は思う。
「枝豆と棺。言われてみれば、確かに似てるかも。フタが開く感じ」
豆を植えると芽が出るんだっけ。としたら、豆は遺伝子のつなぎ役だ。
「生命力あふれる採れたての枝豆。だけど、枝から切り離された途端、死に向かう。しかし、豆ご飯となって生まれ変わる」
モリゾウがセリフめいたことを芝居がかって言う。
「豆ご飯って、枝豆の生まれ変わった姿なのか!」
麻希は笑って、豆ご飯を口に運ぶ。
おいしいと思う。と同時に、そう思えなかった頃のことを思い出す。
「豆ご飯って、いつから食べられるようになったんだろ」と記憶をたどる。

子どもの頃、豆ご飯がよく食卓に上った。あれは枝豆ではなくグリーンピースだったかもしれない。その豆が苦手で、箸でつまんで皿に出していた。
豆は消えても、豆の香りは残った。その香りも苦手だった。
より分けた豆は、どうしていたのだったか。
いつの間にか幼い麻希の視界から消えていた。父親が引き取って、自分の茶碗に足していたような気もする。豆のふえた豆ご飯の記憶がうっすらある。
どうせより分けられるのに、いつも他の家族と同じように豆の入ったご飯が出された。お母さん、気がきかないんだからと不満に思っていたが、食べないことがわかっていても同じように出すという気遣いだったのかもしれないと今は思う。
「なんか、全部つながってる気がする」と麻希が言うと、
「全部って?」とモリゾウが聞く。
「生きている間に起こること全部」
「お、マキマキが演劇っぽいこと言うようになった」
「モリゾウの影響だよ。それもつながってるよね」
「人生は伏線回収だから」
なるほど。生きることは伏線回収なのか。
豆ご飯が体の中を落ちていくのと同時に、麻希の中を納得が降りていく。
「だったら、たくさん生きなきゃね」
返事の代わりに、茶碗に箸が当たる音がする。モリゾウが豆ご飯の最後の一口を集めている。細かい伏線を丁寧にかき集めているようにも見える。
あれがこれにつながるのかとか、あの苦労は今日のためにあったとか、今は笑えないことも、いつか受け入れられるようになるのかもしれない。子どもの頃は苦手だった豆を大人になっておいしいと思えるように。

次回9月5日に多賀麻希(78)を公開予定です。
編集部note:https://note.com/saita_media
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